。しかし蘭軒自筆の勤向覚書に僅に門人七人の氏名が見えてゐて、その門人録及歴世略伝に載するもの四人、門人録に載せて、歴世略伝に載せざるもの二人、二書並に載せざるもの一人である。是に由つて観れば、門人録も歴世略伝も、猶脱漏あることを免れぬものと見える。今三書を湊合して、新に一の門人録を作ることは容易であるが、読者の厭悪《えんを》を奈何《いかん》ともし難い。
わたくしは此に第《しばら》く当時の所謂「蘭門の五哲」を挙げる。即ち渋江抽斎、森枳園、岡西玄亭、清川玄道、山田|椿庭《ちんてい》である。蘭軒の歿後に、榛軒は抽斎、玄亭、椿庭の詩箋、枳園の便面《べんめん》、玄道の短冊を一幅に装《よそほ》ひ成したことがある。此幅は近年に至るまで徳さんの所にあつたが、今其所在を知らない。
それはとにかく、榛軒の世となつた後も、医を学ぶものが伊沢分家の門に輻湊したことは、当時の俗謡に徴して知ることが出来る。わたくしは此に其|辞《ことば》の卑俚《ひり》を嫌はずして、榛軒の女《ぢよ》曾能子《そのこ》刀自の記憶する所のとつちりとん一|※[#「門<癸」、第3水準1−93−53]《き》を録する。「医者になるならどこより
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