其名字等は津田繁二さんを煩はして、後に補入しようとおもふ。当時江戸にめされてゐた訳司中の学者はその何人《なんひと》なるを知らない。「長崎年表」にも此事は載せてない。
書中の他の人物は、茶山が蘭軒に「致声」を托したに過ぎない。第八市野迷庵、第九余語古庵は斥《さ》す所が明白である。第十服都某は※[#「くさかんむり/姦」、7巻−337−下−5]斎集の栗陰《りついん》か。第十一松崎某は茶山が其詩を賞してゐる。恐くは慊堂《かうだう》であらう。第十二山名某は茶山がその文を善くすることを言つてゐる。此人は未詳である。
十二月二十三日には蘭軒が医術申合会頭たる故を以て賞を受けた。勤向覚書の文は例に依つて省《はぶ》く。
此年冬の蘭軒の詩は、既に十月十三日詩会の宿題二、席上一、十一月十六日の宿題一、同日作の懐印南一、以上五首あることを言つた。剰《あま》す所は「冬日過北堤」、「歳晩即事」の二首のみである。
歳晩即事は蘭軒の履歴に略すべからざる詩である。それは阿部|正精《まさきよ》が蘭軒にゴロフクレンの服を与へた事を紀するものだからである。「今歳寒威殊栗烈。病夫況復及衰躬、抃忻恩賜防冬服。奇暖賽春鎖幅
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