と題してある。第一第二第三の三石は既に除き去られたのであらう。天錫の事は姑《しばら》く弟の説に従つて置く。
高橋静覧も亦不詳である。門人録に「高橋宗朔、宗春門人、岩城平」と「高橋玄貞、弘前」との二人がある。宗春は同書に「横田宗禎、宗春子」とあるより推すに、或は横田宗春であらうか。按ずるに静覧は宗朔若くは玄貞の字《あざな》ではなからうか。
「横田万年叔宗橘」の文は句読に疑がある。「万年之叔宗橘」一人か、又「万年及其叔宗橘」か決し難い。門人録には「横田宗橘、高通健、通渓早死に付跡目」とあり、又通渓は「高通渓、横田宗禎弟、亀山」とある。わたくしは此に門人録の原文を引くに止めて置く。此簡約の語に由つて一の断案を下さむことは、余に危険だからである。
酒井|安清《あんせい》は全く他書には見えない。門人録は一の酒井氏をも載せない。
多良辨夫《たらべんふ》は或は敬徳の字《あざな》であらう。門人録に「多多良敬徳、後文達、江戸」と記してある。
夏に入つて、四月十三日に蘭軒が再び静宜亭に詩会を催したらしい。「山斎牡丹、四月十三日静宜亭宿題」の七絶一首がある。其次に「夏意、席上分韻」の七律一首がある。
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