「小吹今年新附一、童孫鳴得口琴児」の句がある。わたくしは初め榛軒が已に娶《めと》り已に子を挙げてゐたかを疑つたが、これは一家の事に与《あづか》らぬらしい。

     その百六十六

 此年文政八年三月十三日に蘭軒は上野不忍池に詩会を催した。※[#「くさかんむり/姦」、7巻−326−上−12]斎詩集に此時に成つた七絶五首がある。其引はかうである。「三月十三日。与余語天錫、森立夫、岡西君瑤、高橋静覧、横田万年叔宗橘、酒井安清、多良辨夫、及二児厚重、同集篠池静宜亭。」詩は此に総叙の如き初の一首を取る。「阻風妨雨過芳辰。況復世紛纏此身。今日忽遭吟伴※[#「二点しんにょう+牙」、第4水準2−89−81]。小西湖上問残春。」
 不忍池の詩会に列した人々は皆少年らしく思はれる。蘭軒は二児榛軒|厚《こう》、柏軒|重《ちよう》を除く外、悉《こと/″\》く字《あざな》を以て称してゐる。その人物の明白なるものは森|立之《りつし》、字は立夫《りつふ》、岡西|徳瑛《とくえい》、字は君瑤《くんえう》の二人に過ぎない。立之は通称養竹、徳瑛は通称玄亭で、皆門人録に見えてゐる。
 余語《よご》氏は此年甲申の武鑑に、「
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