むと欲して、大いに推定の困難を感ずる。蘭軒の講ずべき書を此中に求めむことは、殆ど不可得《ふかとく》である。
わたくしは敢て此に大胆なる断案を下さうとおもふ。それはかうである。
蘭軒の講じた神農本草経は既成の書では無い。諸友人諸門人と倶に北宋本太平御覧、我国伝ふる所の千金方、医心方等に就いて、その引く所の文を摘出し、自ら古本草経のルコンストリユクシヨンを試た。講ずる所の本草経は此未定稿本である。
わたくしは当時の稿本のいかなるものであつたかを想像して、略《ほゞ》後に森枳園の著した「神農本草経」に似たものであつただらうとおもふ。是は枳園著作の功を狭《せば》めようとするのでは無い。宋本御覧や、千金方や、医心方や、其中に存ずる所の古本草経の遺文は学者の共有に属する。問題はいかにこれを編次して唐以前の体裁に近づかしむるかに存ずる。蘭軒は或は多く此に力を費さなかつたかも知れない。わたくしは嘉永七年に成つた枳園本の体裁が、全く枳園自家の労作に出でたと云ふことには、敢て恣《ほしいまゝ》に異議を挾《さしはさ》まうとはしない。
わたくしは只|※[#「くさかんむり/姦」、7巻−324−上−13]斎《
前へ
次へ
全1133ページ中526ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング