は、初め古《いにしへ》の本草経が包含せられてゐた。しかし其一部分は妄《みだり》に刪《けづ》られて亡びた。唯他の一部分が※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]蘭《けいらん》の雑草中に存ずるが如くに存じてゐる。そして其前後の次第さへ転倒せられてゐる。
此混淆|糅雑《じうざつ》は固より歴代の学者が意識して敢て為したのでは無い。故に右の諸書には初め朱墨の文が分つてあり、後尚白墨の文が分つてあつた。惜むらくは其赤黒と白黒とが互に錯誤を来して、復辨ずべからざるに至つたのである。
然るに唐以前の本草の旧を存ぜんと欲し、乃至唐以前の本草の旧に復せんと欲したものも亦絶無ではない。わたくしの談は此より古本草復活の問題に入るのである。
その百六十四
此年文政七年十月十三日に蘭軒は本草経竟宴の詩を賦した。わたくしはその講ずる所の本草経のいかなる書なるかを究《きは》めむと欲して、先づ古《いにしへ》の本草経の復専本《またせんぽん》を存ぜざることを言つた。それは原文が後人補益の文と交錯して辨別し難きに至つたのである。
専本は既に亡びた。しかし猶唐以前の旧を存ぜむと欲し、又唐以前の
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