者之不可思議奚以異。而尚可待以人而詰以理乎哉。」
わたくしはこれを読んで、広瀬淡窓が神童を以て早熟の瓜《うり》となしたことを憶ひ出した。若し同一の論理を以て臨んだなら、露姫は温室の花であらう。これは常識の判断である。
一斎はこれに反して露姫の夙慧《しゆくけい》を「有物憑焉」となした。わたくしはペダンチツクに一斎の迷信を責めようとはしない。しかし心にその可憐の女児《ぢよじ》を木石視したるを憾《うらみ》とする。若し文章に活殺の権があるとするなら、一斎の此文は箇《こ》の好題目を殺了したと云はざることを得ない。
今わたくしの手許に「淡窓小品」が無いので、広瀬の文を引くことが出来ぬが、広瀬は禅家の口吻を以て常識を語つてゐた。然るに佐藤は道学者の語を以て怪を志《しる》してゐる。わたくしは此対照の奇に驚く。わたくしは早熟の瓜をも取らず、能言の木石をも取らない。わたくしは姑《しばら》く蘭軒の乾蝴蝶《かんこてふ》に与《くみ》して置かう。「芳魂忽入芸牋裏。尚帯花香傍架頭。」
秋は※[#「くさかんむり/姦」、7巻−309−下−9]斎《かんさい》集に詩四首がある。「秋夕書事三首」と閏《じゆん》八月十五
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