−上−6]」に作つてある。字書に※[#「示+兌」、7巻−291−上−6]《ぜい》、※[#「木+兌」、第3水準1−85−72]《せつ》の字はあるが、峰《ほう》の名は祝融《しゆくゆう》であらう。霞亭は朱子に次韻した。「勃々豪情欲起風。銀杯一掉灑書胸。胸中韜得乾坤大。何屑祝融千万峰。」
 堂に書幌《しよくわう》が垂れてある。恒心社同人の贈る所で、「冢不騫写大梅、韓君聯玉題詩其上」と云つてある。冢不騫《ちようふけん》、名は寿《じゆ》、大塚氏、不騫は其|字《あざな》、信濃国|奈賀郡《なかごほり》駒場駅《こまばえき》の人である。
 移居当時の客宇清蔚が辞し去つた時、霞亭は送つて京の客舎に至つた。「可想今宵君去後。不堪孤寂守青燈。」
 中の閏《じゆん》二月を隔てて、三月二十八日に凹巷が伊勢から来た。凹巷は「命駕我欲西、好侶況相追、君亦出都門、望々幾翹跂」と云つてゐる。霞亭は粟田口の茶屋まで出迎へたのである。「痴坐亭中晩未回。先虚一榻預陳杯。眼穿青樹林陰路。杖響時疑君出来。」
 所謂好侶は田伯養《でんはくやう》、孫孟綽《そんまうしやく》、河良佐《かりやうさ》、池希白《ちきはく》である。樵歌に云く。「韓
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