土へん+低のつくり」、第4水準2−4−73]」と云つてある。
江戸に還つてから、霞亭は雨中凹巷を品川に送つた。凹巷の詩に「最記対烟雨、品川泣別離、(中略、)一別茫如夢、爾来歳月移」と云つてある。
その百四十三
北条霞亭は北遊より江戸に還つて、韓凹巷《かんあふこう》の西帰を品川に送つたが、其後|幾《いくばく》ならぬに江戸を去つて、相模に往き、房総に往つた。凹巷の詩にかう云つてある。「聞君去江戸。浪迹又何之。(中略)房山与相海。孤往愁可知。(中略)慨然懐往昔。寄我鴻台詩。」
此等の小旅行の月日は、わたくしは今これを審《つまびらか》にせぬが、北遊の翌年、文化二年の歳の暮に、霞亭が今の上総国|君津郡《きみつごほり》貞元村《さだもとむら》の湯江《ゆえ》にゐたことは明である。渉筆にかう云つてある。「文化乙丑十二月。予遊南総。寓湯江村法岸精舎十余日。予与主僧二人而已。幽僻荒涼。除読書外無一事。一日天寒雪飛。林岫皓然。予緩歩遶庭園。俄而主僧温濁酒一瓶。摘蔬為羹侑予。予喜而謝。細酌間吟。頗得風致焉。蓋主僧憐予岑寂。倩村童遠※[#「貝+(やね/示)」、7巻−284−上−15]得也。一枯
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