高某、字《あざな》は子融、何《いづれ》の許《ところ》の人なるを知らない。蘭軒と文字の交を訂し、時に其校讐の業を助けた。文政四年九月十二日に歿した。頼菅二家の集に高孺皮《かうじゆひ》、高子彬《かうしひん》、高叔鷹《かうしゆくよう》があり、五山の詩話に高公嵩《かうこうすう》、高初暹《かうしよせん》、高凡鳥《かうぼんてう》、高俊民《かうしゆんみん》、高聖誕《かうせいたん》、高石居《かうせききよ》、高文鳳《かうぶんほう》があり、竹田の集に高嵩谷《かうすうこく》、高暘谷《かうやうこく》、高寸田《かうすんでん》がある。しかし字を子融と云ふものを見ない。原来氏を高と修するものが必ずしも同姓ではないのだから、捜索は容易で無い。
冬に入つて蘭軒の嫡子榛軒が阿部正精に召されて何事をか命ぜられた。勤向覚書に下の文がある。「十月廿九日、明朔日悴良安御用之儀御坐候間、私召連四時御坐敷え可罷出旨御達書到来に付、奉畏候旨及御請候。前条に付私召連可罷出処、足痛に付難召連候間、御医師成田玄琳を以左之通及御達候。口上之覚。私悴良安儀明朔日御用之儀御座候に付召連可罷出処、足痛に付皆川周安差出申候、此段御達申上候以上。
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