云ふ癸酉は文化十年で、茶山の甲戌東役の前年である。茶山は霞亭に廉塾の留守をさせて置いて江戸に来り、乙亥に還つて、彼八月二日の書を以てこれを蘭軒に紹介した。
 茶山の蘭軒に与へた書には、茶山が将《まさ》に妹女《まいぢよ》井上氏を以て霞亭に妻《めあは》せむとしてゐることが見えてゐた。茶山は遂に妹女をして嫁せしめ、後霞亭を阿部家に薦めた。しかし霞亭の此婚姻は何時であつたか。又此仕宦は何時であつたか。これは東遊の時を問ふに先だつて問ふべき件々である。
 わたくしは多く霞亭の詩歌文章を読まない。しかし曾て読んだだけの詩に就いて言はむに、茶山が霞亭を蘭軒に紹介した乙亥の翌年丙子の秋以前に、霞亭が既に井上氏を納《い》れてゐたことは確である。
 今わたくしの許《もと》に帰省詩嚢と云ふ小冊子がある。これは浜野知三郎さんに借りてゐる書である。霞亭の門人|井達夫《せいたつふ》等は嘗て貲《し》を捐《す》てゝ霞亭の薇山三観を刻して知友に貽《おく》つた。然るにこれを受けたものが多く紙価を寄せてこれに報いた。達夫等は刻費を償《つぐの》つて余財を獲、霞亭に呈した。霞亭は受くることを肯《がへん》ぜなかつた。そこで達夫等
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