《あきたら》ざるものがあつたやうである。「奉神忽破托神策。何知従来不巧機。」
 秋の詩の中に蘭軒が旧友西脇棠園といふものに訪はれた七律がある。詩の引には「中秋前一日雨、草堂小集、時棠園西脇翁過訪、余与翁不相見、十余年於此、故詩中及之」と云つてある。「冷雨凄風林葉鳴、笠簑相伴訪柴荊」の句がある。棠園、名は簡《かん》、通称は総右衛門、此年五十七歳であつた。十余年前の相識と云ふからは、文化初年の友であつただらう。西脇は多く聞かぬ氏族である。わたくしは五山堂詩話中に於て唯一の西脇|薪斎《しんさい》を見出した。薪斎は福島の士である。薪斎と棠園との縁故ありや否を知らない。
 中秋には余語天錫《よごてんせき》の家に詩会があつて、蘭軒はこれに※[#「くさかんむり/(さんずい+位)」、第3水準1−91−13]《のぞ》んだ。其夜は月蝕があつたので、「幸将丹竈君家術、理取嫦娥病裏顔」の句がある。菅茶山にも亦「中秋有食」の詩があつた。「去歳既被雲陰厄、今年又逢此虫食」は其七古中の一解である。
 次に冬の詩が四首あるが、其中には伝記に補入すべきものを見ない。わたくしは詩巻を掩うて勤向覚書を繙《ひもと》く。そして
前へ 次へ
全1133ページ中348ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング