けて、江戸市中不景気と云ふが如き記事はないかとおもつて、武江年表を検したが、見当らなかつた。此小柬は書估文淵堂主人が所蔵の「花天月地」と題する巻子《くわんし》二軸の中にある。収むる所は皆諸家の蘭軒榛軒父子等に寄せた書牘《しよどく》詩筒《しとう》である。
此年蘭軒に「歳晩偶成」の作がある。「富人競富殆将顛。貧子憂貧亦可憐。有食有衣何所慕。書中楽地送流年。」菅茶山には歳晩の詩がなかつた。
此年幕府の蘭方医官大槻磐水が六十歳になつたので、茶山が寿詩を贈つた。詩は蘭人短命と云ふ処より立意したものであつた。「大槻玄沢六十寿言。君不見西洋諸国奇術多。神医往々出華佗。又不見紅毛之人乏老寿。得及五十比彭祖。我聞上古淳樸時。人無貴賤夭札稀。(中略。)智巧原来非天意。纔鑿七竅渾沌死。先生医学出西洋。自医医人並康強。不亀手方非異薬。運用在心人誰度。吾願先生寿不騫。益錬其術弘其伝。青藍若能播諸域。紅毛亦得享長年。」然るに磐水は此篇を得て喜ばなかつた。次の年に茶山が蘭軒に寄せた書牘に、蘭人の事を言つた紙片が添へてあつた。紙片は今|饗庭篁村《あへばくわうそん》さんの蔵※[#「去/廾」、7巻−177−下−10]
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