年には、蘭軒は新に賜はつた丸山の邸宅にあつて平穏な春を迎へた。表医師に転じ、復《また》宿直の順番に名を列することもなく、心やすくなつたことであらう。「丙子元日作。朝賀人声侵暁寒。病夫眠寤日三竿。常慚難報君恩渥。却是強年乞散官。」題の下に自註して躄痿《へきゐ》の事を言ひ、遷任の事を言つてゐるが、既に引いてあるから省く。
茶山も亦同じ歳首の詩に同じ間中の趣を語つてゐる。年歯の差は殆三十年を算したのであるが、足疾のために早く老いた伊沢の感情は、将に古稀に達せむとする菅の感情と相近似することを得たのである。「元日。彩画屏前碧澗阿。新禧両歳境如何。暁趨路寝栄堪恋。夜会郷親興亦多。」江戸にあつて阿部侯に謁した前年と、神辺《かんなべ》にある今年とを較べたのである。
尋で蘭軒に「豆日草堂集」の詩があれば、茶山に「人日同諸子賦」の詩がある。わたくしは此に蘭軒の五律の三四だけを抄する。それは千|金方《きんはう》を講じたことに言及してゐるからである。「恰迎蘭薫客。倶披華表経。」
二月十九日に広島で頼春水が歿した。年七十一である。前年の暮から悪候が退《しりぞ》いて、春水自身も此の如く急に世を辞することを
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