。「霜月廿九日」とした手紙に、「此頃府誌いそがしく他出むづかしく候」と云つてある。府誌とは福山地志か。此書は文化六年に成つて上《たてまつ》つたものである。更に筆削などを命ぜられたものであらうか。
 同じ書に「御姉様よりめづらしき御茶碗御恵被下、私かねて望候物、別而難有奉存候」と云ひ、又「下著御仕たて被下、奥方様へ御世話の御礼宜御申可被下候」と云つてある。「御姉様」は黒田家に仕へてゐた蘭軒の姉|幾勢《きせ》か。幾勢には茶碗の礼、益《ます》には下著の礼が言つてある。

     その七十二

 此冬文化十一年の冬の間に、菅茶山は幾度蘭軒をおとづれたか不明である。しかし前に引いた十一月二十九日の書にも「其内|偸間《とうかん》可申候」と云つてある。
 十二月六日に至つて、茶山は果して夕方に蘭軒を訪うた。蘭軒夫妻は厚くもてなし、主客の間には種々の打明話も交換せられた。茶山は襦袢が薄くて寒《さぶ》さに耐へぬと云つて、益に繕ふことを頼んだ。又部屋の庖厨の不行届を話したので、蘭軒夫妻は下物《げぶつ》飯菜の幾種かを貽《おく》つた。茶山は夜更《よふ》けて、其品々を持ち、提灯を借りて神田の阿部邸に還つた。

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