。百日紅葩能得称。輸君終歳酔顔※[#「酉+它」、第4水準2−90−34]。」
 七月に蘭軒は病中ながら月代《さかやき》をした。「七月九日疝積追々快方には御座候得共、未聢と不仕候間、月代仕度奉願上候所、早速願之趣被仰付候」と、覚書に云つてある。
 茶山は此月に鵜川|子醇《しじゆん》等を伴つて、不忍池へ蓮を看に往つて、帰途に蘭軒の病牀を訪うた。前にわたくしは蘭軒が家を湖上に移したことを言つたが、それは一時の仮寓であつたと見えて、此時は又本郷にゐたらしい。鵜川子醇、通称は純二、茶山の旧相識である。前度文化紀元の在府中に茶山が此人のために詩を作つたことがある。「関帝、応鵜川純二需」の七絶が即是である。「茶山菅先生携鵜川子醇及諸子、看荷花於篠池、帰路訪余、余時臥病、喜而賦一絶、昔年余亦従二君同看、今已為隔世之想云。十歳重携旧酒徒、荷花時節小西湖。酔帰猶有芳情在。満袖清香襲病夫。」
 次韻は茶山の集中江戸に於ける最初の詩である。「七月看小西湖荷花、帰路訪伊沢憺父、余与憺父狩谷卿雲諸子、曾作此賞、距今十一年矣、憺夫有詩、次韻以答。此間佳麗世間無。十里芙蓉花満湖。不料旗亭雲錦裏。尊前重著旧樵夫。」
 
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