のものと云ふ語は、古来随筆家|聚訟《しうしよう》の資となつてゐる。わたくしは今ことさらにこれを是非することを欲せない。しかし士明の説の如きは、要するに彼徂徠の南留倍志《なるべし》系に属する。此系は今猶連綿として絶えない。最近松村任三さんの語源類解の如きも、亦此|源委《げんゐ》の一線上に占位すべき著述である。
頼家では此年春水が禄三十石を増されて百五十石取になつた。
文化五年には先づ「春遊翌日贈狩谷卿雲」の二絶がある。想ふに同行翌日の応酬であらう。近郊の花を看て、帰途柳橋辺で飲んだものかと推せられる。但近郊が向島でなかつたことは後に其証がある。「籬落春風黄鳥声。淡烟含雨未酣晴。日長踏遍千花海。晩向垂楊深巷行。」「解語新花奪酔魂。翠裳紅袖映芳尊。朝来総似春宵夢。贏得軽袗飜酒痕。」
三月中に蘭軒は居を移した。伊沢分家の口碑には、此遷移の事が伝へられてゐない。集に載《の》する二律に「戊辰季春移居巷西」と題してあり、又「巷西※[#「くさかんむり/弗」、第3水準1−90−75]地忽移家」の句もある。新居は旧居の西に当つてゐたが、相|距《さ》ること遠からず、或は町名だに変らなかつた位の事であら
前へ
次へ
全1133ページ中180ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング