家庭では、五十七歳の母|曾能《その》が二歳の常三郎を抱いて菊を活けてゐた。しかし曾能は或は既に病褥にあつたかも知れない。後二月にして客遊中の子を見ること能はずして歿したからである。
その五十一
蘭軒が長崎に来た文化三年の九月十三日は後の月が好かつた。「十三夜偶成。瓊浦山環海似盤。参差帆外月輪寒。半宵偏倚南軒柱。抛却許多郷思看。」郷思は容易に抛ち得て尽きなかつたらしい。
十三夜の詩の次に石崎鳳嶺に次韻した作がある。鳳嶺は千秋亭観月の詩を扇に題して、持つて来て見せた。月日は詳《つまびらか》にすることが出来ぬが、後の月よりは更に後の事であつただらう。「石崎士整与諸子同千秋亭賞月、題詩扇面、携来見示、即次韻。黄※[#「土へん+盧」、第3水準1−15−68]秋醸熟盈瓶。乗月諸賢叩野※[#「戸の旧字/炯のつくり」、第3水準1−84−68]。恰好清談親対朗。更教妙画酔通霊。曲渓泉響添幽趣。叢桂花開送遠馨。扇面写来良夜興。新詩標格自亭亭。」士整《しせい》の下に「名融思《なはゆうし》、号鳳嶺《ほうれいとがうす》、観画吏《くわんぐわのり》、善詩画《しぐわをよくす》」と註し、又観画吏の傍《
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