|轟《とゞろき》駅。一里半|中原《なかはる》駅。二里神崎駅。小淵清右衛門の家に休す。駅中櫛田大明神祠あり。頗大なり。一里|堺原《さかひはら》駅にいたる。無量寿山浄覚寺といへる一向宗の境内に高麗烏《かうらいがらす》あり。常の烏より小にして羽翼端半白し。声鶉に似たり。一に徒烏《いたづらがらす》と名づく。此辺往々ありといへり。形状全く喜鵲《きじやく》と覚。一里半佐賀城下。古河《こが》新内の家に宿す。晩餐の肴にあげまきといふ貝を供す。長さ一寸五分|許《きよ》横五六分。味《あぢはひ》烏賊魚《いか》に似たり。佐賀侯より金三方を賜ふ。此日暑不甚。行程六里半許。」わたくしは九州に居ること三年、又其前後に北支那に従征して、高麗烏の鵲《じやく》たること蘭軒の説の如くなるを知つた。
 第四十三日。「三日卯時発す。田間を過るに西南に多羅嶽《たらがたけ》、南に温泉嶽(又雲仙と書)東南に柳川の諸山、東に久留米の山、西南間川上山、北に阿弥嶽、筑前の千振山《ちふりやま》等四面に崔嵬繚繞《さいくわいれうぜう》して雲間に秀突せり。二里牛津駅。二里小田駅なり。駅中道北に巨大の樟木《くすのき》あり。活木《くわつぼく》なり。就
前へ 次へ
全1133ページ中158ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング