もつて閲《けみ》することを不許《ゆるさず》。呼坂は蓋《けだ》し昔にいふところの海老坂なり。松山峠を経二里久保田駅(一名久保市)なり。二十八町花岡駅。山崎屋和兵衛の家に休す。主人手みづから比目魚《ひもくぎよ》を裁切して蓼葉酢《りくえふさく》に浸し食せしむ。味《あじはひ》最妙なり。山路を経るに田畝|望尽《のぞみつき》て海漸く見《あらは》る。廿五町久米駅。廿四町|遠石《とほいし》駅なり。右の岡上八幡の祠あり。又市中|影向石《えいかういし》といふものあり。大石なり。上に馬蹄痕あり。土人の説に古昔宇佐八幡の神飛び来《きたつ》て此石上にとゞまるなりといへり。貞世紀行には此石海中にある文見ゆ。桑田碧海の歎おもふべし。人家の所尽て松原なり。青田瀰望また列松数千株めぐれり。松外は大海雲晴遠島飛帆その間に隠見す。半里野上駅。すなはち徳山城下なり。鶴屋新四郎の家に小休す。城此をはなるゝこと十町|許《きよ》なり。浅井金蔵谷祐八(金蔵|字《あざなは》子文祐八字子哲徳山の臣なり)のことを物色するに、みな安寧なりといへり。海面に佐島大山島を望。一里十二町富田駅にいたる。駅は山の半腹なり。山東南に面して海中に出るがご
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