て取り扱はれてゐたのであらう。
蘭軒が春水を訪うた日に、偶《たま/\》竹原に往つてゐて坐に列せなかつた「次子」は、春水の養子権次郎|元鼎《げんてい》である。
その四十四
蘭軒が旅行の第三十二日は文化三年六月二十一日である。「廿一日五更発す。城下市街をすぐるに数橋を経たり。みな砂川の大なるに架す。田路《たみち》に至て海浜に出づ。一小山あり。轎夫脚を愛して海中|潮斥《てうせき》の処を行く。又松樹千株の海浜山上を経て二里廿日市。宇佐川文好の家に休す。主人痛風|截瘧《せつぎやく》の二方を伝ふ。駅に山あり。屈曲|盤回《はんくわい》して上る。海上宮島を望こと至て近がごとし。此山を桜尾と名く。又篠尾山と名く。菅神祠《くわんじんし》あり。山伏正覚院といふもの居住す。文好云。寿永年間桜尾周防守(周防国桜尾城主)近実《ちかざね》といふ者天神七代を此山に祀《まつる》。年歴|久《ひさしう》して天満天神の祠となすのみ。時正巳なり。上村源太夫鈴木順平藤林藤吉石川五郎治及余五人舟にて宮島にいたる。海上二里間風なく波面席のごとし。午後宮島にいたる。祭事後故に市商甚盛なり。千畳敷二畳に上《のぼつ》て酒
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