皆これ也。仏書の故紙を以て装修せしにはあらず。」
 同じ銭屋の蔵本の中に又画一元亀の零本があつた。蘭軒はそれを「唐代所著のものと見ゆ」と云つた。※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎は此にも筆を加へて、「画一元亀は趙宋の書にして唐代のものにはあらず」と云つてゐる。画一元亀は多く舶載せられなかつた書である。徳川家康が嘗て僧某のこれを引いたのを聞いて林羅山に質《たゞ》した。羅山はそんな書は無いと云つたさうである。いかに博識でも、そんな書は無いなどと云ふことは、うかと云はれぬものである。
 今出川内大臣晴季は左大臣|公彦《きんひこ》の子で、豊臣秀吉の密友になつた。秀吉をして関白を奏請せしめたのは此人である。永禄四年女婿秀次の事に坐して北国に謫《たく》せられ、慶長元年赦されて還り、元和三年七十九歳で薨じた。
 詩は七律一、五律二、七絶一が集に載せてある。今其七律を録する。「入京。家々櫛比且豊饒。千載皇京属聖朝。仙署客鳴珠履過。青雲路向紫宸遙。東西※[#「隻+隻」、7巻−73−上−3]寺金銀閣。上下長橋三五条。観得都人風化好。陌頭来往不相驕。」
 第十八日は文化三年六月七日である。「七日卯
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