有之、此所へ来りみるもの有。御蔭森御旅所にて、音楽神供を観するもの有。江戸人と違心を用候事感心いたし候。」
「右之帰路|小野毛人墓《をのけひとのはか》へ参り申候。石槨ふた土上に現れ出(八尺に五尺ほど)有之、内には右之蓋石取除見候へば、小礫を以てつめ有之候。果して右之内に墓志有之事と被存候。八瀬小原辺にて甚幽邃なる山上に御座候。」
「此日御蔭山(これさへ此度はじめて参りし也)より廻りし所、茶屋等一向無之、饑《うゑ》甚し。人窮する時驚人之句あり。肥《こえ》し身の我大はらもひだるさにやせ行やうにおもひけるかな。此一条皆川へ御話可被下候。」
「今日迄両三輩づゝ朝夕書林も参候所、手に取てみる様なる本者《ほんは》一冊といへ共無之候。」
「一切経音義は頼申候。義疏と内経はいまだ見当り不申候。明日坂本山王祭、明々後日葵祭拝見候て、南都へ一先罷越可申と存居候。猶後便可申上候。頓首。四月十四日。狩谷望之。蘭軒先生御前。」
その百十五
此辛巳四月十四日の狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の書を読んで、最初にわたくしの目を留めたのは、木曾の景を叙して、「一昨年より増り候様に覚申候」と云つてある事である。三村氏の考証した文政二年の旅が此句に由つて確保《かくはう》せられる。※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎は二年己卯に京都へ往つた。しかもその木曾路を経て西したことさへ知ることが出来る。※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎は己卯に京までは往つたが、更に南下して菅茶山を神辺に訪ふことをばせずに已んだのである。茶山は※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の西遊を慫慂《しようよう》して、「長崎は一とほり見ておきたき処也」と云つた。想ふに※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎は入京数度に及びながら、京よりして南下するには及ばなかつたのであらう。少くも丁丑前には九州の地をば踏まなかつたことが明である。
※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎は木曾路を行くのに、十五年前の蘭軒の紀行を携へてゐて、且読み且行つた。「御紀行毎夕読候而御同行仕候様に奉存候」と云つてある。或は二年前の旅にも持つて行き、此度の旅にも持つて行つて、反覆翫味したかも知れない。紀行の繕写せられたのは、己卯よりは早かつた筈だからである。
※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の此書牘には、千載の後に墓を訪はれた小野妹子の子、毛野の父毛人よりして外、五人の人物が出てゐる。第一は※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の子懐之である。
※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎は此旅に倅懐之を連れて行つた。「総而木曾の山水豚児輩感心仕候」と云つてある。「豚児」懐之は此年十八歳であつた。※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の始て京に上つたのが寛政二年十六歳であつたとすると、懐之の初旅は遅るること二歳であつた。
第二は※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎に神亀の古碑を見せた上野の人長尾春斎である。「草屋の弟子」と註してある。世間若し草屋春斎の師弟を知つた人があるなら、敢て教を請ふ。
第三は福井榕亭である。名は需、字《あざな》は光亨《くわうかう》、一の字は終吉《しゆうきつ》、楓亭の子にして衣笠《いりつ》の兄である。榕亭は前年庚辰に※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎が何事をか交渉した時、すげない返事をした。しかし今親く訪はれては、厚遇せざることを得なかつた。そして前年の事をば「途中之間違」として謝した。※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の書牘には榕亭の第宅《ていたく》庭園が細叙してある。その結構には詩人の所謂|堆※[#「土へん+朶」、第3水準1−15−42]《たいた》の病がある。「僕など三日も右之家に居候ものならば、大病に相成候事相違有之まじく被存候。」説き得て痛切を極めてゐる。わたくしなども此種の家に住んでゐる人二三を知つてゐる。それゆゑ※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の書を読んで、わたくしの胸は直ちにレゾナンスを起すのである。兎に角※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の筆に由つて、福井丹波守の懐かしくない一面が伝へられたのは、笑止である。
第四は※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎が木曾の俳句「今朝抜た綿ではないか谷ざくら」を見せようとした松宇である。蘭軒集中に出てゐる真野松宇であらう。第五は※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎が八瀬小原の狂歌を見せようとした皆川である。蘭軒集中に出てゐる皆川|叔茂《しゆくも》であらう。此に藉《よ》つて松宇には俳趣味、叔茂には狂歌趣味のあつたことが推せられる。わたくしは此に今一つ言つて置きたい事がある。それは八瀬小原の
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