、前後一二日、相継発程。欲看芳山万樹桜。旅装纔挈一瓢行。宛然先輩尋花去。栢笠飄飄菅笠軽。自註、芭蕉、宣長。」高田氏の名は遺稿丙子の巻《まき》に重見《ちようけん》してゐる。「寄高田聾翁」と題するものが是である。己巳席順の「廿二俵三人扶持、高田段兵衛、六十六」である。段兵衛、後段右衛門と称した。号は杏塢《きやうう》、晩に聾翁《ろうをう》と云ふ。一時藤井松林、吉田東里と倶に福山の三画史と呼ばれた。
 枳園は前年辛未の夏実子|約之《やくし》を失ひ、冬|妻《さい》勝《かつ》を失ひ、家を養嗣子亀三郎に託して此遊の途に上つたのである。枳園の此遊には必ず詩文があつたであらう。しかし一として世に伝はつたものが無い。
「廿五日。(三月。)晴。花影《くわえい》童女五十回忌に付、柏《かえ》賢忠寺参詣。」花影は文政六年三月二十五日に夭した蘭軒庶出の女《ぢよ》順《じゆん》である。
「十一日。(五月。)雨。徳《めぐむ》今日より岡へ遣す。十八史略講義聴聞也。」徳のために十八史略を講じた岡氏は岡待蔵、後の寛斎であらう。徳時に年十四であつた。
「廿四日。雨。昨日安石隠居願済。」飯田安石は壬申五月二十三日に致仕したのである。時に年四十九であつた。
「廿二日。(七月。)晴。待蔵事寛斎来。」岡待蔵が新に寛斎と改称したのは此時である。時に年三十四。
「廿九日。(八月。)雨。成田竜玄昨夜物故、今日葬送、徳代参遣す。」成田竜玄が壬申八月二十八日の夜に歿したのである。
「三日。(九月。)陰。河合へ行。去晦日《きよつごもり》友翁妻病死之悔。」河合友翁の妻が壬申八月三十日に歿した。飯田安石の女婿銀二郎の生母であらう。
「廿四日。晴。岡寛斎近日東京出府に付、於飯田宅別杯相催す。」寛斎の祖筵が飯田安石の家に於て開かれたのである。
「廿五日。晴。森へ行飲。同家年内東京転移に付、一切相談也。」枳園の家族が将に東京に移り住まむとするのである。
「廿六日。晴。今暁岡寛斎出府乗船之処、夜汐《よしほ》に延引之由、再行飲。」寛斎は壬申九月二十六日の夜福山を発して東上したのである。
「廿八日。晴。徳《めぐむ》啓蒙所《けいもうしよ》夜会に出す。」啓蒙所は学校の名か。
「十六日。(十一月。)晴。夜雨。柏断髪す。」曾能子刀自が三十八歳にして断髪した。恐くは病の故であつただらう。
「廿一日。晴。冬至。東京森養竹より書状到来。」是より先是月五日の下《もと》に「森へ行、同家引越一条に付、大黒屋直右衛門方へ行」の文があり、次年一月に至るまで屡「森へ行」の文がある。按ずるに枳園は吉野に遊んでより後、復福山に帰らずして、東京に入り、今家族を迎へ取らうとするのである。寿蔵碑に「明治五年壬申二月辞福山、漫遊諸州、五月至東京、是月廿七日補文部省十等出仕」と云つてある。時に枳園は六十六歳になつてゐた。
「二日。(十二月。)晴。夜雨。今般大陰暦御廃し、太陽暦御採用に付、明三日より一月第一日と御改正被仰出。」
 静岡の伊沢氏では、此年四月に磐安が磐《いはほ》と改称し、又七月に東京に遊学し、塩田氏に寓した。良子刀自所蔵の文書に、「明治五年七月東京第一大区十一小区東松下町三十七番地工部省七等出仕塩田真方寄留」の文がある。塩田|良三《りやうさん》は既に真《まさし》と改称して、工部省に仕へてゐた。
 此年棠軒三十九、妻柏三十八、子徳十四、三郎三つ、女長十九、良十七(以上福山)、磐二十四、弟平三郎十二、姉国二十九、安二十一、柏軒の妾春四十八(以上静岡)であつた。

     その三百五十七

 明治六年は蘭軒歿後第四十四年である。棠軒は又年を福山に迎へた。一月より二月に至る間には、只棠軒の妻柏が一たび病んで後|愈《い》えたこと(一月二十六日)、江木鰐水が棠軒を訪ひ(一月五日)、又棠軒が江木氏を過《よぎ》つたこと(一月十日)、棠軒が屡森枳園の留守を顧みたこと(一月五日、七日、八日)等がわたくしの目に留《とま》つたのみである。
 三月以下には良子刀自所蔵の文書中に、磐安改磐の日記の断簡があつて、棠軒日録と両存してゐる。わたくしは二者を併せ抄することとする。
 三月二日。磐が東京を発して静岡に向つた。家族を迎へ取らむがためである。当時磐の身分は「静岡県貫属士族」で、其戸籍は「静岡第五大区百姓安右衛門方同居」であつた。俸禄は「現米十八斗」であつた。家族は「母春、妹安、弟平三郎」と云つてある。姉国は狩谷|矩之《くし》の妻である故、家族中に算してない。亡父柏軒の妾春は既に磐の母として事《つか》ふる所となつてゐる。磐は東京を発するに至るまで、「南紺屋町佐藤勘兵衛方」に寄寓してゐた。
 五日。磐は静岡に著いた。
 九日。磐は全家の東京に寄留せむことを静岡県庁に稟請《りんせい》し、兼て静岡に於ける「留守心得」を指定した。東京に於ける寄留先は「第二大区十五小
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