した文久癸亥に妾春が末子|孫祐《まごすけ》を生んだ。主人の京都にある間に、お玉が池の家に生れたのであらう。
 門田《もんでん》家で此年朴斎が再び出でて誠之館教官兼侍読となつた。
 此年棠軒三十、妻柏二十九、子棠助五つ、女長十、良八つ、乃夫二つ、全安の女梅十四、柏軒の子徳安十五、平三郎三つ、孫祐一つ、女国二十、安十二、琴九つ、柏軒の妾春三十九、榛軒未亡人志保六十四であつた。
 元治元年は蘭軒歿後第三十五年である。九月二十七日に榛軒未亡人飯田氏志保が歿した。年六十五である。棠軒公私略に、「九月廿七日朝五時母上御卒去、翌日発表、十月十二日忌引御免被仰付」と云つてある。
 十一月三日に棠軒は阿部正方の軍に従つて福山を発した。所謂長州征伐の第一次で、出兵三十六諸侯の一人たる正方は年|甫《はじめ》て十六、発程に先《さきだ》つこと二日に始て元服の式を挙げたのである。公私略の文は下の如くである。「十一月朔日、御前髪被為執候為御祝、金二百疋被成下。十一月三日、征長御出馬御供被仰付、出立す。」毛利家が所謂俗党の言《こと》を用ゐて罪を謝し、此役は中途にして寝《や》んだ。
 十二月二十四日に棠軒は正方に扈随して福山を発し、江戸に向つた。公私略に、「十二月十四日御参府御供在番被仰付、同廿四日御発駕」と云つてある。
 慶応元年は蘭軒歿後第三十六年である。正月二十二日に棠軒は阿部正方に随つて江戸に著いた。二月十八日に棠軒の女|乃夫《のぶ》が福山にあつて痘瘡に死した。年僅に四歳である。三月二十四日に女|加禰《かね》が福山に生れた。五月十一日に棠軒は正方に随つて江戸を発し、閏《じゆん》五月八日に福山に著いた。六月七日に岡西養玄が妻梅を去つた。梅は柏の生んだ先夫全安の女で、時に十六歳であつた。十九日に棠軒は誠之館医学世話を命ぜられた。同僚は鼓菊庵《つゝみきくあん》、桑田恒三である。十一月二十四日に棠軒は再び正方の軍に従つて福山を発した。時に幕府の牙営は大坂にあつた。是より先将軍家茂は六月に上京し、次で大坂城に入つたのである。以上は公私略の記する所に拠る。今煩を厭うて本文を引くに及ばない。
 梅の末路はわたくしの詳にせぬ所であるが、後|幾《いくばく》ならずして生父池田全安の許に歿したと云ふことである。
 鼓菊庵は明治二年の席順に「第六等席、十人扶持、御足五人扶持、鼓菊庵五十四」と云つてある。然らば文化十三年生で乙丑には五十歳になつてゐた。桑田恒三は同席順の「第六等席、九人扶持、書記頭取、桑田恒庵六十」ではなからうか。恒庵の庵字の右に「介」と細書してある。若し恒庵若くは恒介が即恒三ならば、恒三は文化七年生で、乙丑には五十六歳になつてゐた。或は謂《おも》ふに恒三は恒庵の子であつたかも知れない。
 正方の出兵は所謂長州征伐の第二次である。
 此年棠軒三十二、妻柏三十一、子棠助七つ、女長十二、良十、加禰一つ、全安の女梅十六、柏軒の子徳安十七、平三郎五つ、孫祐三つ、女国二十二、安十四、琴十一、柏軒の妾春四十一であつた。

     その三百三十六

 慶応二年は蘭軒歿後第三十七年である。棠軒は阿部正方の軍にあつて、進んで石見国|邑智郡粕淵《おほちごほりかすぶち》に至つた。時に六月十三日であつた。正方は此より軍を旋《めぐら》し、七月二十三日に福山に還つた。将軍家茂の大坂城に薨じた後三日である。棠軒公私略にかう云つてある。「六月十三日粕淵駅迄御進相成、七月廿三日御帰陣相成候。」此役正方は軍中に病んだ。同書に「御出張先より御不例被為在候」と云つてある。九月二日に柏軒の女琴が十二歳にして早世した。法諡《はふし》して意楽院貞芳と云ふ。江戸で将軍家茂の遺骸を増上寺に葬つた月である。次で十二月五日に慶喜が将軍を拝した。良子刀自所蔵の「丙寅三次集」は棠軒が自ら此年の詩歌を編したものである。「芋二庵主人稿、棠軒三十四歳」と署してある。繕写が次年に於てせられた故に此の如く署したものであらう。
 慶応三年は蘭軒歿後第三十八年である。五月二十八日に棠軒の一女が夭した。公私略に「五月廿八日夜四時鏐女死去、翌日表発、六月朔遠慮引御免被仰付」と云つてある。「鏐」は即加禰であらう。然らば此女は三歳にして死したのである。十一月二十二日に正方が卒し、二十三日に棠軒は手島七兵衛と共に福山を発して江戸に急行した。将軍慶喜の政務を朝廷に奉還した翌月である。十二月|朔《さく》に二人は丸山邸に著いた。次で五日に江戸を発し、二十六日に福山に帰著した。公私略の文はかうである。「十一月廿二日夕七半時御絶脈被遊。同夜四時御用有之出府被仰付。尤早打に而旅行可仕旨。翌暁六時手島七兵衛同道発足。十二月朔日暁七時丸山邸え著。十二月三日於江戸表御用相済候に付、勝手次第出立可致様、且又出府大儀に被思召、為御褒美金二百疋被成下候旨被仰渡。同
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