拠つたものである。良子刀自所蔵の俊が遺文中首尾|略《ほゞ》全《まつた》きものは、此記を除く外、遊記二篇、小説二篇があるのみである。わたくしは今地震の記の全文を此に写すこととする。是は※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎が家女に生ませた才女のかたみである。
「長月の半よりいたう悩みて、生くべうもあらぬ程なりしに、神無月になりては、しばしおこたりざまになりぬ。されど枕|擡《もた》ぐることも懶くて、湯なども吸呑《すひのみ》てふ物より臥しながら飲みて、厠に往かむにも、人の肩に掛かりて、一人には背を押さへられつつ、虫などのはふさまして行きぬ。」
「夕《ゆふ》つかた娘の風の心地に、いと寒しと云へば、楼《たかどの》へ往きて衾《ふすま》被《かづ》きて寝よと云ひしかど、一人往かむはさうざうし、誰にまれ共に往きてよと云ふ。森の祖母君《おほばぎみ》此頃わが悩《なやみ》みとらむとて、しばし留まりゐ給ひしが、今宵講釈のあれば、夜も更けなむ、われこそ共に往きて寝めとて、楼に登り給ひぬ。」
「亥《ゐ》過る比《ころ》、天地《あめつち》も砕けぬばかりのおどろ/\しき音して地|震《ふる》ふに、枕上《まくらがみ》の燈火《ともしび》倒れやせむと心許なく、臥したるままにやをら手を伸べつつ押さへぬ。されど油皿はとくゆり落されて、押さへたる我手に当り、畳の上に落ち、あたりへ油散りたり。」
「此時女子一人走り来て、心たしかに持ち給へ、まざいらく/\と云ひつつ我上に倒れ臥しぬれば、あな苦し、そこ退きね、疾く/\と云へど、えも起き上らでゐたり。そこへ又一人肥えふとりたる女の走り来て、阿弥陀仏《あみだほとけ》の御名を唱へつつ、又倒れかかりぬれば、いよゝ重りて苦しさ言はむかたなし。されど戸障子《とさうじ》のはづるる音にや、あまりにおそろしき音すれば、物も覚えず。今の間に家も崩れ、有限の人こゝにて死ぬらむかと、目を閉ぢつつ、大慈大悲の観世音|菩薩《ぼさち》と声高う唱へぬ。今を限の命なめり、かくて世も尽きぬらむとおもひゐたり。」
「そこへ誰にかあらむ火|点《とも》して来ぬるに、あたりを見やれば、おのれは落ちたる行燈《あんどう》の油皿を何のためにか、しかと握りたり。その上に若き女どものいみじう肥えたるが二人まで倒れかゝりてゐたり。さて人ごゝち附きて見れば、家のしりへの方に、紺屋の物干す料なる広く明きたる地のあれば、そこ
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