してゐる。或日採薬の途上に甘酒売が道を同じうして行くに会うた。随行の少年輩が一人飲み二人飲み、遂に先を争つて群り飲むに至つた。行き行きて岐路に逢ふこと数《しば/″\》であつたが、甘酒売は別れ去らない。甘酒の釜は此|夥《むれ》の行厨《かうちゆう》の如くになつた。
 榛軒は酒を売る漢子《をとこ》に問うた。「貴様は一体何処へ往くのだ。」
「へえ。つい此先の方へ参ります。」
 榛軒は屡問うたが、漢子の答ふる所は旧に依つた。「へえ。つい此先の方へ参ります。」
 同行数里にして甘酒売の別れ去つたのは、板橋駅附近であつた。そして其釜は既に空虚であつた。
 次にわたくしは少しく榛軒の飲饌《いんぜん》の事を記さうとおもふ。採薬途上の甘酒は、恰も好し、トランシシヨンの用をなした。
 榛軒は病家を訪ふ時、家を出づるに臨んで妻志保をして薄茶一碗を点せしめた。
 榛軒は客を饗する時、毎《つね》に上原全八郎を呼んで調理せしめた。上原は阿部家の料理人である。膾《くわい》を作るにも箸を以てした人である。渋江保さんの語るを聞けば、抽斎は客を饗する時、毎に料理店百|川《せん》の安と云ふ男を雇つたさうである。彼は貴族的で、此は平民的であつた。
 飲饌の事は未だ尽きない。わたくしは曾能子刀自に豚料理の話を聞き、又保さんに蒲焼の話を聞いた。それは下《しも》に略記するが如くである。

     その二百八十

 わたくしは榛軒|軼事《いつじ》中飲饌の事を記して其半に至つた。剰す所は豚料理の話があり、又鰻飯の話がある。
 豚は当時食ふ人が少かつた。忌むものが多く、嗜《たし》むものが少いので、供給の乏しかつたことは想ひ遣られる。豚は珍羞《ちんしう》であつた。
 一日《あるひ》薩摩屋敷の訳官能勢甚十郎と云ふものが榛軒に豚を贈つた。榛軒は家にゐなかつた。妻志保は豚を忌む多数者の一人であつたので、直ちに飯田安石にこれを棄つることを命じた。安石は豚肉《とんにく》を持つて出た。
 榛軒は家に帰つてこれを聞き、珍羞を失つたことを惜んだ。榛軒は豚を嗜む少数者の一人であつたからである。
 志保は己の処置の太早計《たいさうけい》であつたのを悔いて、安石に何処へ棄てたかと問うた。
 安石は反問した。「若し先生が召し上がるのであつたのではございませんか。」
「さうなのですよ。それで何処へお棄なすつたかとお尋するのです。」
「さうですか
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