、此朝は晴れてゐた。「宵半雨声※[#「口+曹」、第3水準1−15−16]撲扉。方恐拾翠約空違。今朝天気開晴朗。促伴命輿神欲飛。」是が七首中の第一である。
王子の金輪寺《こんりんじ》を敲けば、寺僧混外は出でて未だ還らなかつた。「将訪高僧掃世塵。出行何処現清身。」是が七首中の第七の前半である。去つて茶店に憩へば、偶《たま/\》鈴木玄仙の来るに会した。「籃輿渓畔空帰去。忽漫相逢旧社人。」是が第七の後半である。
樵※[#「土へん+敦」、第3水準1−15−63]は蘭軒門人録に「天野道周、横須賀」がある。恐くは其人であらう。玄仙は詩に「旧社人」と称してある。或は曾て門下にあつた人か。門人録中鈴木氏のものは、唯一の「鈴木杉渓」あるのみである。
四月十三日には蘭軒が又上野仙駕亭の詩会を催した。その作る所には宿題「朝起掃園」五律一、「擬破戎凱歌」の七絶一、席上題「池亭雨望」の七律一がある。想ふに十三日は雨の日であつただらう。「十里池塘雨色濃。笠蓑探興滌心胸。」
此月蘭軒に柳絮《りうじよ》の七絶五首がある。丸山の家には啻《たゞ》に桜を栽ゑたのみではなく、又柳を栽ゑた。柳は文政五年に栽ゑたのである。「小園栽柳六年過。未有飛綿今歳多。」又。「四月園林雪驟飄。驀然見※[#「日+見」、第4水準2−14−1]未曾消。」見※[#「日+見」、第4水準2−14−1]《けんてん》は詩の小雅より取つた語である。
その百七十九
蘭軒は此年文政十年四月に又岡田華陽のために「脈式」の序を作つた。華陽は典薬頭《てんやくのかみ》半井景雲《なからゐけいうん》の門人で、蕨駅《わらびえき》に住んでゐた。蘭軒は「為人沈退実著、愛間好学、不敢入城都」と云つて、著す所の書を列挙してゐる。書名中に「薬方分量考」がある。日本医学史の医書目録に「続薬方分量考、岡田静宅撰、一巻、文化十年」がある。未だ人と書との同異を詳にしない。脈式の序は末に「文政丁亥清和月伊沢信恬記」と署してある。
五月十三日には詩会が上野仙駕亭に催された。蘭軒に宿題「送人遊玉函山」、「牧牛図」の七絶各一、席上課題「山荘茶宴」の七律一がある。「春尽前一日」の遊より此に至るまでの詩は、柏軒が浄書してゐる。狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の箋註《せんちゆう》和名鈔は此月五日に脱稿した。
六月十七日仙駕亭会の宿題は「望岳」、席上
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