|榕亭《ようてい》を訪ひ、稲荷祭、御蔭祭を観て、十四日に書を蘭軒に寄せた。此書牘が文淵堂所蔵の花天月地《くわてんげつち》中に収めてある。わたくしは下に其全文を写し出さうとおもふ。
その百十四
狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎が此年辛巳四月十四日に京都から蘭軒に寄せた書牘はかうである。
「追日向暑、倍《ます/\》起居御安和可被成御座奉恭賀候。京都|総而《そうじて》静謐、僕等本月八日入京仕候。途中雨|少《すくな》にて、僅一両日微雨に逢候|而已《のみ》、只入京之日半日雨降申候。」
「上州長尾春斎(草屋の弟子)世話にて、神亀之古碑共一覧、其後|多胡碑《たごのひ》も観申候。」
「木曾桜|※[#「酉+余」、第4水準2−90−36]※[#「酉+靡」、第4水準2−90−45]《やまぶき》殊妙、其外花盛に御座候而驚目申候。総而木曾之山水、豚児輩感心仕候。僕も一昨年より増り候様に覚申候。御紀行毎夕読候而御同行仕候様に奉存候。乍去余程涼気にて、日限延引を却而悦申候。和田駅(三月廿六日)など綿衣四襲位之事に御座候。乍然暑中よりは歩行致能御座候。尤一人も駕籠馬の力を借り不申候。(日程七八里故。)朔日《ついたち》(四月)見戸野々尻辺花猶盛に而珍しく、歌あり。花の香ををしむのみかは谷風にころもかへうき木曾の山道。御笑可被下候。今朝抜た綿ではないか谷ざくら。松宇君へ御つたへ可被下候。」
「福井へ尋申候。甚よく遇せられ、昨年断被申候事途中之間違のよし等被申候。何より以家屋園池之結構、小障子一枚といへども、一草一礫といへ共、みな/\心を用ひ、額聯之数は黄檗山より多く、すきま/\はアンヘラにてはりつめ、中々千金二千金之用途にて作り候物に無之、露台、庭の檻《てすり》、朱緑間錯、釣燈籠凡三百にあまり申候。実に田舎漢《でんしやかん》の京の門跡を始而見候より驚申候。但し工《たくみ》ときたな細工とを以組詰たるものにて、僕など三日も右之家に居候ものならば、大病に相成候事相違有之まじく被存候。此後数度参候而珍蔵乞可申所存に候へども、但右之一儀に迷惑いたし居申候。」
「稲荷祭。」
「御蔭祭。」
「古雅結構、面《おもしろ》き事に御座候。(森云。面の下原文白字を脱す。)土佐画の画工等、或は社頭の式を観《み》をみる人あり。(森云。をみ二字衍文。)或は路中行装を観《みる》もの有、洛東にて騎馬音楽
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