#「さんずい+襄」、第4水準2−79−48]々。奈何幽致黄山谷。不賞真香賞贋香。」此詩の下《しも》に自註がある。「世以幽蘭。誤為真蘭。西土已然。真蘭俗名布知波加末者是也。白楽天詩。蘭衰花始白。孟蜀韓保昇云。生下湿地。葉似沢蘭。尖長有岐。花紅白色而香。即是合所謂布知波加末者。而山谷云。一幹一花為蘭。是今所謂幽蘭也。世人襲誤。真蘭遂晦。但朱子楚辞辨証云。古之香草。必花葉倶香。而燥湿不変。故可刈佩。今之蘭※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]。但花香。而葉乃無気。質弱易萎。不可刈佩。必非古人所指。陳間斎亦云。今人所種如麦門冬者。名幽蘭。非真蘭也。朱陳二説。可謂為真蘭禦侮矣。今余詩聊寓復古之意云。」蘭軒と同じく此復古を謀つたものには狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎がある。「楚辞にいふらには今云ふ藤ばかま今いふ蘭《らに》は何といふらむ」の三十一字は、その嘗て人に答へた作である。しかし此の如く古の蘭草のために冤を洗ふことは、蘭軒※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎等に始まつたのでは無い。単にわたくしの記憶する所を以てしても、貝原益軒の如きは夙《はや》く蘭の藤袴なることを言つてゐた。
蘭軒は道号に蘭※[#「くさかんむり/間」、第4水準2−86−80]等の字を用ゐたので、特に蘭草のために多く詞を費すことを厭はなかつたのである。村片相覧《むらかたあうみ》の作つた蘭軒の画像には、背後の磁瓶《じへい》にふぢばかまの花が插してある。村片は信階《のぶしな》信恬《のぶさだ》二世の像を作つた。蘭軒の像の事は重て後に言ふこととする。
わたくしは※[#「くさかんむり/姦」、7巻−113−上−2]斎《かんさい》詩集に阿部侯|棕軒《そうけん》の評語批圏のあることを言つたが、侯の閲を経た迹は此年の秋の詩に至るまで追尋することが出来る。是より以下には菅茶山の評点が多い。
冬の詩は五首ある、十月には蘭軒が病に臥してゐた。「病中雑詠。空負看楓約。抱痾過小春。酒罌誰発蓋。薬鼎自吹薪。業是兼旬廃。家方一段貧。南窓炙背坐。独有野禽親。」業を廃し※[#「米+胥」、第4水準2−83−94]《しよ》を失つたと云ふを見れば、病は稍重かつたであらう。
蘭軒の病は十一月後に※[#「やまいだれ+差」、第4水準2−81−66]《い》えてゐた。冬の詩の中には「雪中探梅」の作もある。
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