大部分を小作人に作らせることにしている。
 仲平は二男である。兄|文治《ぶんじ》が九つ、自分が六つのとき、父は兄弟を残して江戸へ立ったのである。父が江戸から帰った後、兄弟の背丈《せたけ》が伸びてからは、二人とも毎朝書物を懐中して畑打《はたう》ちに出た。そしてよその人が煙草《たばこ》休みをする間、二人は読書に耽《ふけ》った。
 父がはじめて藩の教授にせられたころのことである。十七八の文治と十四五の仲平とが、例の畑打ちに通うと、道で行き逢《あ》う人が、皆言い合わせたように二人を見較べて、連れがあれば連れに何事をかささやいた。背の高い、色の白い、目鼻立ちの立派な兄文治と、背の低い、色の黒い、片目の弟仲平とが、いかにも不吊合《ふつりあ》いな一対に見えたからである。兄弟同時にした疱瘡《ほうそう》が、兄は軽く、弟は重く、弟は大痘痕《おおあばた》になって、あまつさえ右の目がつぶれた。父も小さいとき疱瘡をして片目になっているのに、また仲平が同じ片羽《かたわ》になったのを思えば、「偶然」というものも残酷なものだと言うほかない。
 仲平は兄と一しょに歩くのをつらく思った。そこで朝は少し早目に食事を済ませて
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