征伐のときには小西家の人質として、李王宮に三年押し籠《こ》められていた。小西家が滅びてから、加藤清正に千石で召し出されていたが、主君と物争いをして白昼に熊本城下を立ち退《の》いた。加藤家の討手に備えるために、鉄砲に玉をこめ、火縄に火をつけて持たせて退いた。それを三斎が豊前で千石に召し抱えた。この吉兵衛に五人の男子があった。長男はやはり吉兵衛と名のったが、のち剃髪《ていはつ》して八隅|見山《けんざん》といった。二男は七郎右衛門、三男は次郎太夫、四男は八兵衛、五男がすなわち数馬である。
 数馬は忠利の児小姓《こごしょう》を勤めて、島原征伐のとき殿様のそばにいた。寛永十五年二月二十五日細川の手のものが城を乗り取ろうとしたとき、数馬が「どうぞお先手《さきて》へおつかわし下されい」と忠利に願った。忠利は聴かなかった。押し返してねだるように願うと、忠利が立腹して、「小倅《こせがれ》、勝手にうせおれ」と叫んだ。数馬はそのとき十六歳である。「あっ」と言いさま駈け出すのを見送って、忠利が「怪我をするなよ」と声をかけた。乙名《おとな》島徳右衛門、草履取《ぞうりとり》一人、槍持《やりもち》一人があとから続いた。主従四人である。城から打ち出す鉄砲が烈《はげ》しいので、島が数馬の着ていた猩々緋《しょうじょうひ》の陣羽織の裾《すそ》をつかんであとへ引いた。数馬は振り切って城の石垣に攀《よ》じ登る。島も是非なくついて登る。とうとう城内にはいって働いて、数馬は手を負った。同じ場所から攻め入った柳川の立花|飛騨守宗茂《ひだのかみむねしげ》は七十二歳の古武者《ふるつわもの》で、このときの働きぶりを見ていたが、渡辺新弥、仲光内膳《なかみつないぜん》と数馬との三人が天晴《あっぱ》れであったと言って、三人へ連名の感状をやった。落城ののち、忠利は数馬に関兼光《せきかねみつ》の脇差をやって、禄を千百五十石に加増した。脇差は一尺八寸、直焼《すぐやき》無銘、横鑢《よこやすり》、銀の九曜《くよう》の三並《みつなら》びの目貫《めぬき》、赤銅縁《しゃくどうぶち》、金拵《きんごしら》えである。目貫の穴は二つあって、一つは鉛で填《う》めてあった。忠利はこの脇差を秘蔵していたので、数馬にやってからも、登城のときなどには、「数馬あの脇差を貸せ」と言って、借りて差したこともたびたびある。
 光尚に阿部の討手を言いつけられて、数馬が喜んで詰所へ下がると、傍輩《ほうばい》の一人がささやいた。
「奸物《かんぶつ》にも取りえはある。おぬしに表門の采配《さいはい》を振らせるとは、林殿にしてはよく出来た」
 数馬は耳をそばだてた。「なにこのたびのお役目は外記《げき》が申し上げて仰せつけられたのか」
「そうじゃ。外記殿が殿様に言われた。数馬は御先代が出格のお取立てをなされたものじゃ。ご恩報じにあれをおやりなされいと言われた。もっけの幸いではないか」
「ふん」と言った数馬の眉間《みけん》には、深い皺《しわ》が刻まれた。「よいわ。討死するまでのことじゃ」こう言い放って、数馬はついと起って館《やかた》を下がった。
 このときの数馬の様子を光尚が聞いて、竹内の屋敷へ使いをやって、「怪我をせぬように、首尾よくいたして参れ」と言わせた。数馬は「ありがたいお詞《ことば》をたしかに承ったと申し上げて下されい」と言った。
 数馬は傍輩の口から、外記が自分を推してこのたびの役に当らせたのだと聞くや否や、即時に討死をしようと決心した。それがどうしても動かすことの出来ぬほど堅固な決心であった。外記はご恩報じをさせると言ったということである。この詞ははからず聞いたのであるが、実は聞くまでもない、外記が薦《すす》めるには、そう言って薦めるにきまっている。こう思うと、数馬は立ってもすわってもいられぬような気がする。自分は御先代の引立てをこうむったには違いない。しかし元服をしてからのちの自分は、いわば大勢の近習《きんじゅ》のうちの一人で、別に出色のお扱いを受けてはいない。ご恩には誰も浴している。ご恩報じを自分に限ってしなくてはならぬというのは、どういう意味か。言うまでもない、自分は殉死するはずであったのに、殉死しなかったから、命がけの場所にやるというのである。命は何時でも喜んで棄てるが、さきにしおくれた殉死の代りに死のうとは思わない。今命を惜しまぬ自分が、なんで御先代の中陰の果ての日に命を惜しんだであろう。いわれのないことである。畢竟《ひっきょう》どれだけのご入懇《じっこん》になった人が殉死するという、はっきりした境はない。同じように勤めていた御近習の若侍のうちに殉死の沙汰がないので、自分もながらえていた。殉死してよいことなら、自分は誰よりもさきにする。それほどのことは誰の目にも見えているように思っていた。それにとうにするはずの殉死をせ
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