oして、それを便々たる腹の上に重ねてゐた。セルギウスが横から見た時、長老は微笑みながら右の手で法衣の流蘇《ふさ》をいぢつて、相手の男と話をし出した。その男は隊外将官の軍服を被てゐる。セルギウスは軍人であつたから服装を見ることは馴れてゐる。そこで肩章や記章の文字をすぐに見分ける事が出来た。この将官は自分の付いてゐた聯隊で聯隊長をしてゐた男である。今は定めて余程高い地位に陞《のぼ》つてゐることだらう。
セルギウスは一目見てかう云ふ事を悟つた。それはこの高級武官が自分の昔の上官であつたと云ふ事を、長老が知つてゐて、それで長老の肥え太つた赤ら顔と禿頭《はげあたま》とが喜に赫いてゐると云ふ事である。
セルギウスはそれだけでも侮辱せられたやうに感じた。そこで長老が何を言ふかと思ふと、只その将官が見たいと云ふので呼んだのだと云つた。「昔聯隊で同僚であつたあなたに逢ひたいと云はれたので」と、長老は将官の詞を取り次いだ。此時セルギウスは一層強烈に侮辱を感ぜずにはゐられなかつた。
将官は右の手をセルギウスが前に伸した。
「久し振りでお目に掛かりますね。あなたが法衣をお着になつたところを見るのは、意外
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