の上に、イエケルラニと云ふグレシア人の一族が住んでゐた。親爺は疲※[#「やまいだれ+隆」、第3水準1−88−57]《せむし》で、密輸入をしてゐる。それに魔法使と云ふ噂がある。悴はアリスチドと云ふ猟師だつた。まだ島に山羊がゐたからな。其頃カプリで物持と云へばカリアリス家だつた。今の主人の祖父《ぢ》いさんの代で、其人からさつき云つた、あのセンツアマニと云ふ名が剏《はじ》まつたのだ。手ん坊と云ふのだな。山の葡萄畠が半分はカリアリス家の持物になつてゐた。酒を造る窖《あなぐら》が八つあつた。大桶が千以上も据ゑてあつただらう。其頃はフランスでもこつちの白葡萄酒の評判が好かつた。あの国は葡萄酒の外なんにも分からない国ださうだがな。一体フランス人は博奕打《ばくちうち》と酒飲ばかりだ。とう/\博奕に負けて悪魔に王様の首を取られた。」
 兵卒はくす/\笑ひ出した。それに調子を合はせるやうに、どこか近い所で水がぴちや/\云つた。二人共頸を延ばして海の方を見て、耳を欹《そばだ》てた。引汐が岸辺に小さい波を打つてゐる。
「跡を話さないかね。」
「さうだつけ。そのカリアリスだがな。息子が三人兄弟だつた。話の種にな
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