事をしてゐる。折々は不機嫌な詞も交る。
「十二月になつて色をする奴があるかい。もう子供の生れる時ぢやないか。」
「さう云つたつて、年の若いうちは、どうも待たれないからね。」
「それは待たなくてはならないのだ。」
「お前さんなんぞは待つたかね。」
「わしは兵隊ではなかつた。わしは働いた。世間を渡つてゐるうちに出逢ふ丈の事に出逢つて来た。」
「分からないね。」
「今に分かるよ。」
 岸から余り遠くない所に、天狼星《てんらうせい》が青く水に映つてゐる。其影の暈《しみ》のやうに見える所を、長い間ぢつと見てゐると、ぢき側に球《たま》の形をした栓の木の浮標が見える。人の頭のやうな形をして、少しも動かずに浮いてゐる。
「爺いさん、なぜ寝ないかね。」
 漁師は持ち古した、時代が附いて赤くなつた肩掛の巾《きれ》を撥ね上げて、咳をしながら云つた。
「網が卸してあるのだよ。あの浮標を見ないか。」
「さうかね。」
「さきをとつひは網を一つ破られてしまつたつけ。」
「海豚《いるか》にかね。」
「今は冬だぜ。海豚が罹《か》かるものか。鮫《さめ》だつたかも知れない。それとも浮標か。分かりやあしない。」
 獣の脚で踏まれた山の石が一つ壊《く》えて落ちて、乾いた草の上を転がつて、とう/\海まで来てぴちやつと音をさせて水に沈んだ。このちよいとした物音を、沈黙してゐる夜が叮嚀に受け取つて、前後の沈黙との境界をはつきりさせて、永遠に記念すべき出来事でゞもあるやうに感ぜさせた。
 兵卒は小声で小唄を歌つた。
爺いさん。夜《よ》がなぜ寐られない。
わけを聞かせて下さいな。ウンベルトオさん。
ヰノ・ビアンカの葡萄酒を
若い時ちと飲み過ぎた。
「そんなのは己には嵌まらない」と、漁師はうるさがるやうにつぶやいた。
爺いさん。夜がなぜ寐られない。
わけを聞せて下さいな。ベルチノオさん。
恋と名の附く好い事を
し足りなかつた、若い時。
「ねえ、パスカル爺いさん。好い唄でせう。」
「お前にだつて、六十になつて見りやあ、今に分かる。だから聞かなくても好いのだ。」
 二人共長い間、夜と倶《とも》に沈黙してゐた。それから漁師が煙管《きせる》を隠しから出して、吹殻の残つてゐたのを石に当ててはたき出した。そして何か物音を聴くやうにしてゐながら、乾燥した調子で云つた。「お前方のやうな若い者は勝手に人を笑つてゐるが好い。だがな、色事を
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