、球根を二つ買って持って帰った。サフランを我物としたのはこの時である。私は店の爺《じ》いさんに問うて見た。
「爺いさん。これは土に活けて置いたら、又花が咲くだろうか。」
「ええ。好く殖《ふ》える奴《やつ》で、来年は十位になりまさあ。」
「そうかい。」
私は買って帰って、土鉢《どばち》に少しばかり庭の土を入れて、それを埋めて書斎に置いた。
花は二三日で萎《しお》れた。鉢の上には袂屑《たもとくず》のような室内の塵《ちり》が一面に被《かぶ》さった。私は久しく目にも留めずにいた。
すると今年の一月になってから、緑の糸のような葉が叢《むら》がって出た。水も遣らずに置いたのに、活気に満ちた、青々とした葉が叢がって出た。物の生ずる力は驚くべきものである。あらゆる抗抵に打ち勝って生じ、伸びる。定めて花屋の爺いさんの云ったように、段々球根も殖えることだろう。
硝子戸の外には、霜雪を凌《しの》いで福寿草の黄いろい花が咲いた。ヒアシントや貝母《ばいも》も花壇の土を裂いて葉を出しはじめた。書斎の内にはサフランの鉢が相変らず青々としている。
鉢の土は袂屑のような塵に掩《おお》われているが、その青々とし
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