む。それに前後編があって、前編は語を説明し、後編は文を説明してある。それを読んでいた時字書を貸して貰《もら》った。蘭和対訳の二冊物で、大きい厚い和本である。それを引っ繰り返して見ているうちに、サフランと云う語に撞着《どうちゃく》した。まだ植字啓源などと云う本の行われた時代の字書だから、音訳に漢字が当て嵌《は》めてある。今でもその字を記憶しているから、ここに書いても好いが、サフランと三字に書いてある初の字は、所詮活字には有り合せまい。依って偏旁《へんぼう》を分けて説明する。「水」の偏に「自」の字である。次が「夫」の字、又次が「藍」の字である。
「お父っさん。サフラン、草の名としてありますが、どんな草ですか。」
「花を取って干して物に色を附ける草だよ。見せて遣ろう。」
父は薬箪笥《くすりだんす》の抽斗《ひきだし》から、ちぢれたような、黒ずんだ物を出して見せた。父も生の花は見たことがなかったかも知れない。私にはたまたま名ばかりでなくて物が見られても、干物しか見られなかった。これが私のサフランを見た初である。
二三年前であった。汽車で上野に着いて、人力車を倩《やと》って団子坂《だんござか》
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