て、磬《けい》を打つような響をさせている。
 さて読んでしまった処で、これが世間に出されようかと思った。それはむつかしい。人の皆行うことで人の皆言わないことがある。Prudery に支配せられている教育界に、自分も籍を置いているからは、それはむつかしい。そんなら何気なしに我子に読ませることが出来ようか。それは読ませて読ませられないこともあるまい。しかしこれを読んだ子の心に現われる効果は、予《あらかじ》め測り知ることが出来ない。若しこれを読んだ子が父のようになったら、どうであろう。それが幸か不幸か。それも分らない。Dehmel が詩の句に、「彼に服従するな、彼に服従するな」というのがある。我子にも読ませたくはない。
 金井君は筆を取って、表紙に拉甸《ラテン》語で
  VITA SEXUALIS
と大書した。そして文庫の中へばたりと投げ込んでしまった。



底本:「ヰタ・セクスアリス」新潮文庫、新潮社
   1949(昭和24)年11月30日発行
   1967(昭和42)年11月10日27刷改版
   1989(平成元)年8月20日69刷
入力:真先芳秋
校正:Juki
1999年10月12日公開
2001年3月3日修正
青空文庫作成ファイル:
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