なり誰になりお見せなされ候ふとも宜しく候、小花様へ兼吉よりとはさてさて珍しき一通、何処《どこ》が嬉しくてか小花身に添へて離さず、中屋の家督に松太郎《まつたろう》が直《なお》りし時、得意先多き清二郎は本所辺に別宅《べったく》を設けての通《かよ》ひ勤《づとめ》、何遍《なんべん》言うてもあの女でない女房は生涯持ちませぬとの熱心に、物固い親類さへ折り合ひて、小花を嫁に取引先なる、木綿問屋の三谷が媒《なかだち》したとか、兼吉はまたけふが日まで、河岸《かし》を変へての浮気勤《うわきづとめ》、寝て見ぬ男は誰様の外なしと、書かば大不敬にも坐せられるべきこといひて、馴染《なじみ》ならぬ客には胆《きも》潰《つぶ》させることあれど、芸者といふはかうしたものと贔屓《ひいき》する人に望まれて、今も歌ふは当初《そのむかし》露友《ろゆう》が未亡人《ごけ》なる荻江《おぎえ》のお幾が、かの朝倉での行違《ゆきちがい》を、老《おい》のすさびに聯《つら》ねた一|節《ふし》、三下《さんさが》り、雨の日を二度の迎に唯だ往き返り那加屋好《なかやごのみ》の濡浴衣《ぬれゆかた》慥《たし》か模様は染違《そめちがえ》。



底本:「舞姫
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