っかり抱き締めた。相手が死なずに済んだなら、伊織の罪が軽減せられるだろうと思ったからである。
伊織は刀を柳原にわたして、しおしおと座に返った。そして黙って俯向いた。
柳原は伊織の向いにすわって云った。「今晩の事は己《おれ》を始、一同が見ていた。いかにも勘弁出来ぬと云えばそれまでだ。しかし先へ刀を抜いた所存を、一応聞いて置きたい」と云った。
伊織は目に涙を浮べて暫く答えずにいたが、口を開いて一首の歌を誦《じゅ》した。
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「いまさらに何《なに》とか云はむ黒髪《くろかみ》の
みだれ心はもとすゑもなし」
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下島は額の創《きず》が存外重くて、二三日立って死んだ。伊織は江戸へ護送せられて取調を受けた。判決は「心得違の廉《かど》を以て、知行《ちぎょう》召放され、有馬左兵衛佐允純《ありまさひょうえのすけまさずみ》へ永《なが》の御預仰付らる」と云うことであった。伊織が幸橋外《さいわいばしそと》の有馬邸から、越前国《えちぜんのくに》丸岡へ遣られたのは、安永と改元せられた翌年の八月である。
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