黷セけの事は一寸《ちょっと》云って置かなくては、話が出来ないのだがね。」
「宜《よろ》しい。詞はどうでも好い。その位な事は僕にも分かっている。僕のかく画だって、実物ではないが、今年も展覧会で一枚売れたから、慥《たし》かに多少の価値がある。だから僕の画を本当だとするには、異議はない。そこでコム・シィはどうなるのだ。」
「まあ待ち給え。そこで人間のあらゆる智識、あらゆる学問の根本を調べてみるのだね。一番正確だとしてある数学方面で、点だの線だのと云うものがある。どんなに細かくぽつんと打ったって点にはならない。どんなに細くすうっと引いたって線にはならない。どんなに好く削った板の縁《ふち》も線にはなっていない。角《かど》も点にはなっていない。点と線は存在しない。例の意識した嘘だ。しかし点と線があるかのように考えなくては、幾何学は成り立たない。あるかのようにだね。コム・シィだね。自然科学はどうだ。物質と云うものでからが存在はしない。物質が元子から組み立てられていると云う。その元子も存在はしない。しかし物質があって、元子から組み立ててあるかのように考えなくては、元子量の勘定が出来ないから、化学は成り立たない。精神学の方面はどうだ。自由だの、霊魂不滅だの、義務だのは存在しない。その無いものを有るかのように考えなくては、倫理は成り立たない。理想と云っているものはそれだ。法律の自由意志と云うものの存在しないのも、疾《と》っくに分かっている。しかし自由意志があるかのように考えなくては、刑法が全部無意味になる。どんな哲学者も、近世になっては大低世界を相待《そうたい》に見て、絶待《ぜったい》の存在しないことを認めてはいるが、それでも絶待があるかのように考えている。宗教でも、もうだいぶ古くシュライエルマッヘルが神を父であるかのように考えると云っている。孔子《こうし》もずっと古く祭るに在《いま》すが如くすと云っている。先祖の霊があるかのように祭るのだ。そうして見ると、人間の智識、学問はさて置き、宗教でもなんでも、その根本を調べて見ると、事実として証拠立てられない或る物を建立《こんりゅう》している。即ちかのようにが土台に横《よこた》わっているのだね。」
「まあ一寸待ってくれ給え。君は僕の事を饒舌《しゃべ》る饒舌ると云うが、君が饒舌り出して来ると、駆足になるから、附いて行かれない。その、かのようにと云う怪物の正体も、少し見え掛っては来たが、まあ、茶でももう一杯飲んで考えて見なくては、はっきりしないね。」
「もうぬるくなっただろう。」
「なに。好いよ。雪と云う、証拠立てられる事実が間へ這入《はい》って来ると、考えがこんがらかって来るからね。そうすると、つまり事実と事実がごろごろ転がっていてもしようがない。それを結び附けて考えようとすると、厭《いや》でも或る物を土台にしなくてはならない。その土台が例のかのようにだと云うのだね。宜しい。ところが、僕はそんな怪物の事は考えずに置く。考えても言わずに置く。」綾小路は生温《なまぬる》い香茶をぐっと飲んで、決然と言い放った。
秀麿は顔を蹙《しか》めた。「それは僕も言わずにいる。しかし君は画だけかいて、言わずにいられようが、僕は言う為めに学問をしたのだ。考えずには無論いられない。考えてそれを真直ぐに言わずにいるには、黙ってしまうか、別に嘘を拵《こしら》えて言わなくてはならない。それでは僕の立場がなくなってしまうのだ。」
「しかしね、君、その君が言う為めに学問したと云うのは、歴史を書くことだろう。僕が画をかくように、怪物が土台になっていても好いから、構わずにずんずん書けば好いじゃないか。」
「そうはいかないよ。書き始めるには、どうしても神話を別にしなくてはならないのだ。別にすると、なぜ別にする、なぜごちゃごちゃにして置かないかと云う疑問が起る。どうしても歴史は、画のように一刹那を捉《とら》えて遣っているわけにはいかないのだ。」
「それでは僕のかく画には怪物が隠れているから好い。君の書く歴史には怪物が現れて来るからいけないと云うのだね。」
「まあ、そうだ。」
「意気地がないねえ。現れたら、どうなるのだ。」
「危険思想だと云われる。それも世間がかれこれ云うだけなら、奮闘もしよう。第一父が承知しないだろうと思うのだ。」
「いよいよ意気地がないねえ。そんな葛藤《かっとう》なら、僕はもう疾《と》っくに解決してしまっている。僕は画かきになる時、親爺《おやじ》が見限ってしまって、現に高等遊民として取扱っているのだ。君は歴史家になると云うのをお父うさんが喜んで承知した。そこで大学も卒業した。洋行も僕のように無理をしないで、気楽にした。君は今まで葛藤の繰延《くりのべ》をしていたのだ。僕の五六年前に解決した事を、君は今解決して、好きなように歴史を書くが好いじゃないか。已《や》むを得んじゃないか。」
「しかし僕はそんな葛藤を起さずに遣っていかれる筈だと思っている。平和な解決がつい目の前に見えている。手に取られるように見えている。それを下手《へた》に手に取ろうとして失敗をすることなんぞは、避けたいと思っている。それでぐずぐずしていて、君にまで意気地がないと云われるのだ。」秀麿は溜息《ためいき》を衝いた。
「ふん、どうしてお父うさんを納得させようと云うのだ。」
「僕の思想が危険思想でもなんでもないと云うことを言って聞せさえすれば好いのだが。」
「どう言って聞せるね。僕がお父うさんだと思って、そこで一つ言って見給え。」
「困るなあ」と云って、秀麿は立って、室内をあちこち歩き出した。
※[#「日/(「咎」の「人」に代えて「卜」)」、第3水準1−85−32]《ひかげ》はもうヴェランダの檐《のき》を越して、屋根の上に移ってしまった。真《ま》っ蒼《さお》に澄み切った、まだ秋らしい空の色がヴェランダの硝子戸を青玉《せいぎょく》のように染めたのが、窓越しに少し翳《かす》んで見えている。山の手の日曜日の寂しさが、だいぶ広いこの邸《やしき》の庭に、田舎の別荘めいた感じを与える。突然自動車が一台|煉瓦塀《れんがべい》の外をけたたましく過ぎて、跡は又元の寂しさに戻った。
秀麿は語を続《つ》いだ。「まあ、こうだ。君がさっきから怪物々々と云っている、その、かのようにだがね。あれは決して怪物ではない。かのようにがなくては、学問もなければ、芸術もない、宗教もない。人生のあらゆる価値のあるものは、かのようにを中心にしている。昔の人が人格のある単数の神や、複数の神の存在を信じて、その前に頭を屈《かが》めたように、僕はかのようにの前に敬虔《けいけん》に頭を屈める。その尊敬の情は熱烈ではないが、澄み切った、純潔な感情なのだ。道徳だってそうだ。義務が事実として証拠立てられるものでないと云うことだけ分かって、怪物扱い、幽霊扱いにするイブセンの芝居なんぞを見る度に、僕は憤懣《ふんまん》に堪えない。破壊は免るべからざる破壊かも知れない。しかしその跡には果してなんにもないのか。手に取られない、微《かす》かなような外観のものではあるが、底にはかのようにが儼乎《げんこ》として存立している。人間は飽くまでも義務があるかのように行わなくてはならない。僕はそう行って行く積りだ。人間が猿から出来たと云うのは、あれは事実問題で、事実として証明しようと掛かっているのだから、ヒポテジスであって、かのようにではないが、進化の根本思想はやはりかのようにだ。生類は進化するかのようにしか考えられない。僕は人間の前途に光明を見て進んで行く。祖先の霊があるかのように背後《うしろ》を顧みて、祖先崇拝をして、義務があるかのように、徳義の道を踏んで、前途に光明を見て進んで行く。そうして見れば、僕は事実上|極蒙昧《ごくもうまいな》な、極従順な、山の中の百姓と、なんの択《えら》ぶ所もない。只頭がぼんやりしていないだけだ。極頑固な、極篤実な、敬神家や道学先生と、なんの択ぶところもない。只頭がごつごつしていないだけだ。ねえ、君、この位安全な、危険でない思想はないじゃないか。神が事実でない。義務が事実でない。これはどうしても今日になって認めずにはいられないが、それを認めたのを手柄にして、神を涜《けが》す。義務を蹂躙《じゅうりん》する。そこに危険は始て生じる。行為は勿論《もちろん》、思想まで、そう云う危険な事は十分撲滅しようとするが好い。しかしそんな奴の出て来たのを見て、天国を信ずる昔に戻そう、地球が動かずにいて、太陽が巡回していると思う昔に戻そうとしたって、それは不可能だ。そうするには大学も何も潰《つぶ》してしまって、世間をくら闇にしなくてはならない。黔首《けんしゅ》を愚《ぐ》にしなくてはならない。それは不可能だ。どうしても、かのようにを尊敬する、僕の立場より外に、立場はない。」
これまで例の口の端《はた》の括弧《かっこ》を二重三重《ふたえみえ》にして、妙な微笑を顔に湛《たた》えて、葉巻の烟《けむり》を吹きながら聞いていた綾小路は、煙草の灰を灰皿に叩き落して、身を起しながら、「駄目だ」と、簡単に一言云って、煖炉を背にして立った。そしてめまぐろしく歩き廻りながら饒舌っている秀麿を、冷やかに見ている。
秀麿は綾小路の正面に立ち止まって相手の顔を見詰めた。蒼い顔の目の縁がぽっと赤くなって、その目の奥にはファナチスムの火に似た、一種の光がある。「なぜ。なぜ駄目だ。」
「なぜって知れているじゃないか。人に君のような考になれと云ったって、誰がなるものか。百姓はシの字を書いた三角の物を額へ当てて、先祖の幽霊が盆にのこのこ歩いて来ると思っている。道学先生は義務の発電所のようなものが、天の上かどこかにあって、自分の教《おす》わった師匠がその電気を取り続《つ》いで、自分に掛けてくれて、そのお蔭《かげ》で自分が生涯ぴりぴりと動いているように思っている。みんな手応《てごたえ》のあるものを向うに見ているから、崇拝も出来れば、遵奉《じゅんぽう》も出来るのだ。人に僕のかいた裸体画を一枚遣って、女房を持たずにいろ、けしからん所へ往《い》かずにいろ、これを生きた女であるかのように思えと云ったって、聴くものか。君のかのようにはそれだ。」
「そんなら君はどうしている。幽霊がのこのこ歩いて来ると思うのか。電気を掛けられていると思うのか。」
「そんな事はない。」
「そんならどう思う。」
「どうも思わずにいる。」
「思わずにいられるか。」
「そうさね。まるで思わない事もない。しかしなるたけ思わないようにしている。極《き》めずに置く。画をかくには極めなくても好いからね。」
「そんなら君が仮に僕の地位に立って、歴史を書かなくてはならないとなったら、どうする。」
「僕は歴史を書かなくてはならないような地位には立たない。御免を蒙《こうむ》る。」綾小路の顔からは微笑の影がいつか消えて、平気な、殆《ほとん》ど不愛想な表情になっている。
秀麿は気抜けがしたように、両手を力なく垂れて、こん度は自分が寂しく微笑《ほほえ》んだ。「そうだね。てんでに自分の職業を遣って、そんな問題はそっとして置くのだろう。僕は職業の選びようが悪かった。ぼんやりして遣ったり、嘘を衝いてやれば造做《ぞうさ》はないが、正直に、真面目に遣ろうとすると、八方|塞《ふさ》がりになる職業を、僕は不幸にして選んだのだ。」
綾小路の目は一|刹那《せつな》鋼鉄の様に光った。「八方塞がりになったら、突貫して行く積りで、なぜ遣らない。」
秀麿は又目の縁を赤くした。そして殆ど大人の前に出た子供のような口吻《こうふん》で、声低く云った。「所詮《しょせん》父と妥協して遣る望はあるまいかね。」
「駄目、駄目」と綾小路は云った。
綾小路は背をあぶるように、煖炉に太った体を近づけて、両手を腰のうしろに廻して、少し前屈みになって立ち、秀麿はその二三歩前に、痩せた、しなやかな体を、まだこれから延びようとする今年竹《ことしだけ》のように、真っ直にして立ち、二人は目と目を見合わせて、良《やや》久しく黙っている。山の手の日曜日の寂しさが、
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