よこした手紙も、ベルリンに著《つ》いてからのも、総《すべ》ての周囲の物に興味を持っていて書いたものらしく見えた。印度《インド》の港で魚《うお》のように波の底に潜《くぐ》って、銀銭を拾う黒ん坊の子供の事や、ポルトセエドで上陸して見たと云う、ステレオチイプな笑顔の女芸人が種々の楽器を奏する国際的団体の事や、マルセイユで始て西洋の町を散歩して、嘘と云うものを衝《つ》かぬ店で、掛値と云うもののない品物を買って、それを持って帰ろうとして、紳士がそんな物をぶら下げてお歩きにならなくても、こちらからお宿へ届けると云われ、頼んで置いて帰ってみると、品物が先へ届いていた事や、それからパリイに滞在していて、或る同族の若殿に案内せられてオペラを見に行った時、フォアイエエで立派な貴夫人が来て何《なん》か云うと、若殿がつっけんどんに、わたし共はフランス語は話しませんと云って置いて、自分が呆《あき》れた顔をしたのを見て女に聞えたかと思う程大きい声をして、「Tout《ツウ》 ce《シヨ》 qui《キイ》 brille《ブリユ》, n'est《ネエ》 |pas or《パアゾオル》」と云ったので、始てなる程と悟った事や
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