こへ秀麿が蒼い顔をして出て来て、何か上《うわ》の空《そら》で言って、跡は黙り込んでしまう。こっちから何か話し掛けると、実《み》の入《い》っていないような、責《せめ》を塞《ふさ》ぐような返事を、詞《ことば》の調子だけ優しくしてする。なんだか、こっちの詞は、子供が銅像に吹矢を射掛けたように、皮膚から弾《はじ》き戻されてしまうような心持がする。それを見ると、切角青山博士の詞を基礎にして築き上げた楼閣《ろうかく》が、覚束《おぼつか》なくぐらついて来るので、奥さんは又心配をし出すのであった。
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秀麿は卒業後|直《ただち》に洋行した。秀麿と大した点数の懸隔もなくて、優等生として銀時計を頂戴した同科の新学士は、文部省から派遣せられる筈だのに、現にヨオロッパにいる一人が帰らなくては、経費が出ないので、それを待っているうちに、秀麿の方は当主の五条子爵が先へ立たせてしまった。子爵は財政が割合に豊かなので、嫡子《ちゃくし》に外国で学生並の生活をさせる位の事には、さ程困難を感ぜないからである。
洋行すると云うことになってから、余程元気附いて来た秀麿が、途中から
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