A殆《ほとん》ど不愛想な表情になっている。
 秀麿は気抜けがしたように、両手を力なく垂れて、こん度は自分が寂しく微笑《ほほえ》んだ。「そうだね。てんでに自分の職業を遣って、そんな問題はそっとして置くのだろう。僕は職業の選びようが悪かった。ぼんやりして遣ったり、嘘を衝いてやれば造做《ぞうさ》はないが、正直に、真面目に遣ろうとすると、八方|塞《ふさ》がりになる職業を、僕は不幸にして選んだのだ。」
 綾小路の目は一|刹那《せつな》鋼鉄の様に光った。「八方塞がりになったら、突貫して行く積りで、なぜ遣らない。」
 秀麿は又目の縁を赤くした。そして殆ど大人の前に出た子供のような口吻《こうふん》で、声低く云った。「所詮《しょせん》父と妥協して遣る望はあるまいかね。」
「駄目、駄目」と綾小路は云った。
 綾小路は背をあぶるように、煖炉に太った体を近づけて、両手を腰のうしろに廻して、少し前屈みになって立ち、秀麿はその二三歩前に、痩せた、しなやかな体を、まだこれから延びようとする今年竹《ことしだけ》のように、真っ直にして立ち、二人は目と目を見合わせて、良《やや》久しく黙っている。山の手の日曜日の寂しさが、
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