ネものが、天の上かどこかにあって、自分の教《おす》わった師匠がその電気を取り続《つ》いで、自分に掛けてくれて、そのお蔭《かげ》で自分が生涯ぴりぴりと動いているように思っている。みんな手応《てごたえ》のあるものを向うに見ているから、崇拝も出来れば、遵奉《じゅんぽう》も出来るのだ。人に僕のかいた裸体画を一枚遣って、女房を持たずにいろ、けしからん所へ往《い》かずにいろ、これを生きた女であるかのように思えと云ったって、聴くものか。君のかのようにはそれだ。」
「そんなら君はどうしている。幽霊がのこのこ歩いて来ると思うのか。電気を掛けられていると思うのか。」
「そんな事はない。」
「そんならどう思う。」
「どうも思わずにいる。」
「思わずにいられるか。」
「そうさね。まるで思わない事もない。しかしなるたけ思わないようにしている。極《き》めずに置く。画をかくには極めなくても好いからね。」
「そんなら君が仮に僕の地位に立って、歴史を書かなくてはならないとなったら、どうする。」
「僕は歴史を書かなくてはならないような地位には立たない。御免を蒙《こうむ》る。」綾小路の顔からは微笑の影がいつか消えて、平気な
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