曹ュが好いじゃないか。已《や》むを得んじゃないか。」
「しかし僕はそんな葛藤を起さずに遣っていかれる筈だと思っている。平和な解決がつい目の前に見えている。手に取られるように見えている。それを下手《へた》に手に取ろうとして失敗をすることなんぞは、避けたいと思っている。それでぐずぐずしていて、君にまで意気地がないと云われるのだ。」秀麿は溜息《ためいき》を衝いた。
「ふん、どうしてお父うさんを納得させようと云うのだ。」
「僕の思想が危険思想でもなんでもないと云うことを言って聞せさえすれば好いのだが。」
「どう言って聞せるね。僕がお父うさんだと思って、そこで一つ言って見給え。」
「困るなあ」と云って、秀麿は立って、室内をあちこち歩き出した。
 ※[#「日/(「咎」の「人」に代えて「卜」)」、第3水準1−85−32]《ひかげ》はもうヴェランダの檐《のき》を越して、屋根の上に移ってしまった。真《ま》っ蒼《さお》に澄み切った、まだ秋らしい空の色がヴェランダの硝子戸を青玉《せいぎょく》のように染めたのが、窓越しに少し翳《かす》んで見えている。山の手の日曜日の寂しさが、だいぶ広いこの邸《やしき》の庭に、
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