轣A構わずにずんずん書けば好いじゃないか。」
「そうはいかないよ。書き始めるには、どうしても神話を別にしなくてはならないのだ。別にすると、なぜ別にする、なぜごちゃごちゃにして置かないかと云う疑問が起る。どうしても歴史は、画のように一刹那を捉《とら》えて遣っているわけにはいかないのだ。」
「それでは僕のかく画には怪物が隠れているから好い。君の書く歴史には怪物が現れて来るからいけないと云うのだね。」
「まあ、そうだ。」
「意気地がないねえ。現れたら、どうなるのだ。」
「危険思想だと云われる。それも世間がかれこれ云うだけなら、奮闘もしよう。第一父が承知しないだろうと思うのだ。」
「いよいよ意気地がないねえ。そんな葛藤《かっとう》なら、僕はもう疾《と》っくに解決してしまっている。僕は画かきになる時、親爺《おやじ》が見限ってしまって、現に高等遊民として取扱っているのだ。君は歴史家になると云うのをお父うさんが喜んで承知した。そこで大学も卒業した。洋行も僕のように無理をしないで、気楽にした。君は今まで葛藤の繰延《くりのべ》をしていたのだ。僕の五六年前に解決した事を、君は今解決して、好きなように歴史を
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