G麿の室《へや》を、物見高い心から、依怙地《えこじ》に覗こうとするように、窓帷《まどかけ》のへりや書棚のふちを彩って、卓《テエブル》の上に幅の広い、明るい帯をなして、インク壺《つぼ》を光らせたり、床に敷いてある絨氈《じゅうたん》の空想的な花模様に、刹那《せつな》の性命を与えたりしている。そんな風に、日光の差し込んでいる処《ところ》の空気は、黄いろに染まり掛かった青葉のような色をして、その中には細かい塵《ちり》が躍っている。
 室内の温度の余り高いのを喜ばない秀麿は、煖炉のコックを三分一程閉じて、葉巻を銜《くわ》えて、運動椅子に身を投げ掛けた。
 秀麿の心理状態を簡単に説明すれば、無聊《ぶりょう》に苦んでいると云うより外はない。それも何事もすることの出来ない、低い刺戟に饑《う》えている人の感ずる退屈とは違う。内に眠っている事業に圧迫せられるような心持である。潜勢力の苦痛である。三国時代の英雄は髀《ひ》に肉を生じたのを見て歎《たん》じた。それと同じように、余所目《よそめ》には痩せて血色の悪い秀麿が、自己の力を知覚していて、脳髄が医者の謂《い》う無動作性|萎縮《いしゅく》に陥いらねば好いがと
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