Aいて倅と往復を重ねた所で、自分の満足するだけの解決が出来そうにもなく、倅の帰って来る時期も近づいているので、それまで待っても好いと思って、返信は別に宗教問題なんぞに立ち入らずに、只委細承知した、どうぞなるべく穏健な思想を養って、国家の用に立つ人物になって帰ってくれとしか云って遣らなかった。そこで秀麿の方でも、お父うさんにどれだけ自分の言った事が分かったか知らずにいた。
秀麿は平生丁度その時思っている事を、人に話して見たり、手紙で言って遣って見たりするが、それをその人に是非十分飲み込ませようともせず、人を自説に転ぜさせよう、服させようともしない。それよりは話す間、手紙を書く間に、自分で自分の思想をはっきりさせて見て、そこに満足を感ずる。そして自分の思想は、又新しい刺戟《しげき》を受けて、別な方面へ移って行く。だからあの時子爵が精しい返事を遣ったところで、秀麿はもう同じ問題の上で、お父うさんの満足するような事を言ってはよこさなかったかも知れない。
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洋行をさせる時健康を気遣った秀麿が、旅に出ると元気になったらしく、筆まめに書いてよこす手紙
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