た。その直径が大約一哩以上もあるだらう。渦巻の縁の所は幅の広い帯のやうな、白く光る波頭になつてゐる。その癖その波頭の白い泡の一滴も、恐ろしい漏斗《じやうご》の中へ落ち込みはしない。漏斗の中は、目の届く限り、平らな、光る、墨のやうに黒い水の塀になつてゐる。それが水平面と四十五度の角度を形づくつてゐる。その塀のやうな水が、目の舞ふほどの速度で、気の狂つたやうにぐる/\旋《めぐ》つてゐる。そして暴風《あらし》の音の劇しい中へ、この渦巻が自分の恐ろしい声を交ぜて、叫び吠えるのである。あのナイアガラの大瀑布が、死に迫る煩悶の声を天に届くやうに立てゝゐるのよりも、一層恐ろしい声をするのである。
山全体も底から震えてゐる。岩も一つ/\震えてゐる。僕はぴつたり地面に腹這つて、顔が土に着くやうにしてゐて、神経の興奮が劇しい余りに、両手に草を握つてゐた。
やう/\のことで僕は連の男に云つた。
「これが話に聞いたマルストロオムの大渦巻でなければ、外にマルストロオムといふものはあるまい。これがさうなのだらうね。」
連の男が答へた。
「よその国の人のさういふのがこれでございますよ。わたくし共|諾威人《ノル
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